Dear Friends

DF 46 決して独りでダイビイングしないこと&バンドの合法性

2007年11月

親愛なる友よ、

ある朝、僕は洞窟の中で座り込んでいた。その日の様々な予定を実行する元気はまったくなし。前夜は海岸のバーで酒をじゃんじゃん出され、身体がまだ回復していない。羽目を外したのは覚えているが、実際誰が誰に何をしたかの記憶はなく、ただ収集のつかないほどの大騒ぎをしたとおぼろげに思い出すだけ。僕にとっては珍しいことだ。

食いぶちを稼ぐために Quabbin Diver という船の上で船の上で作業の手伝いをしつつ、同じ位の割合で邪魔もしながら、グランドケイマン島のジョージタウンに到着した頃にはバイクの上で眠りこけていた。あまりにも疲れていて、船上の仕事なんてもうとても出来る状態じゃなかった。

代わりに「決して独りでダイビングをしないこと」という、自らの鉄則を破ってしまう。

不調の身体を装具で包み、いわゆる「海岸沿いダイビング」に入る。エデン・ロックという名で知られる珊瑚礁まで泳いで行き、しばらく浅瀬を回っていると、ターポンという大型の魚の、まだ若い、不良高校生みたいな奴らの群れに遭遇した。大人に成長したターポンは目を剥くような銀色の、見た目からして怖い魚で、その体長はちょっと小柄な人間の男性を超える。だがここに集まっているのはまだ若者、すごくお腹を空かせた育ち盛りの連中で、体長1メートルちょっとか。前述の洞窟の入り口周辺にたむろっている。他にもいくつか入り口はあるようだが、いいや、ここから入ってやれ。両手を腹に当て、全身のバランスをとり、足で水をかき、不調にしてはなかなかスタイリッシュなフォームで泳ぎ込むことができた。

洞窟の中は丸くなっていて、上部に穴が開いていてそこから陽が差し込み、内部はまるで魔法のように光り輝いている。海底に潜り、酸素タンクを背負ったまま岸壁にもたれかかり、両足を伸ばす。足の水かきは2時10分前の角度だ。水面から30フィートにも満たない深度、マイナス1気圧だから、時間はたっぷりある。満タンだし、この水圧なら3時間は持つ。よほど無理をしない限り...ちょっと休めば... 華氏82度 (古くさい単位で失礼! )という暖かさに加え、とても静かで、ついつい寝入ってしまった。

どれくらい眠っていたのだろうか。目を覚ますと、そこはまったく別の世界だった。百万匹はいるだろうと思われる稚魚の群れが、僕を包み込んでいる。ターポンから逃れるために、この洞窟の中に隠れていたのだ。そのターポンはと言えば、中には昼食が待っているというのに、あのちっぽけなドアから入ってくるのを恐れているようだ。でもなあ、あの化け物(僕のこと)が中に入ってったし、今頃は中でどんなことしてるんだかなあ。あのクソ野郎、きっと俺らの昼飯食っちまったんだぜ、ちっ。しょうがねえ、とりあえずこの辺りで待機して、イカかバラクーダの野郎が通ったらガンつけてやろうぜ。

少なくとも連中がそう考えてるんだろうなというのが僕の推測だったが、推測なんて何の意味があるのだろうか? 僕のお婆ちゃんは、日曜の午後、旦那がパブから帰ってくるのが遅くなると、せっかくのご馳走[注1] を犬のエサにやってしまい、帰宅した旦那に「いつまでも待っててくれると勝手に思ってるあんたが悪いのよ」と言い放っていたが、お爺ちゃんは何度やられても学習せず、仲間とあと1〜2杯飲んでも大丈夫だと、いつも思い込んでいた。

だがこれは推測や仮定なんてものを超える何かだった。何故僕はターポンのような考え方をしているのだろうか? 何かが動き、光が差すのが見えた。百万匹って言ったっけ? それどころじゃない、一千万匹以上はいたと思う。すごくすごく小さい魚が、ものすごく大勢集まり、その思考は1つに集中していた。小さい魚がたくさん集まって一つの存在となっていたんだ。で...えーっと、どこだっけ? そう、僕はその群れのど真ん中で、その中に包含されていたのだが、怖いことに僕自身がその群れの思考の一部、少なくとも小さな部分であることが明らかだった。群れが動き、広がるにつれ、合間から光が見えたかと思うと、次の瞬間には間を縮め、貫くことのできない濃い雲のように僕を包み込み、目の前はまた真っ暗になる。僕がその時ターポンのような考え方をしていた理由が、今では分かる。この稚魚の群れは、自分たちを守るという目的に集中するがため、ターポンのような攻撃的思考を巡らせていたからだ。襲われる前に先制攻撃をかけようと奮起し、脅迫的な編成を組んでいたのだ。こっちがサメのような姿に変身すれば、敵は即座に逃げ出すだろうという風に。

僕の一部はこの稚魚たちに共鳴し、少なくとも支持感を覚える一方で、いやいや、それは僕がこんな状況に対処するのは初めてで戸惑っているからだと理解する自分もあり、そこで自衛本能が算盤を弾きだす。すっかり目覚めて注意力もバッチリ、海底に倒れ込んだ時とは比べ物にもならない。あれから一体どれくらいの時間が経ったんだろうか? ゆっくり、ゆっくり呼吸しながら、ここなら酸素がなくなるまで潜っていても大丈夫、もっと深い場所での無理な行為に伴う合併症も、ここなら心配なしだと安心する。

そして、そこでもう1人の自分が起動した。僕の精神の奥深くで何かが起こっているのに、僕の先祖たちが囁きかけているのに気付いたのだ。えっ? 何だって? ほら! また聞こえてきた。1つの小さな囁き声が、瞬時の内に10の声になり、更に何億何兆倍にもなり、まるでナイアガラの滝を流れ落ちる怒濤のように僕の心の中で叫ぶのが。先祖たちが僕の心のなかで息づいているんだ。そんなのは稚魚たちにとってはいつもの習慣で、別に驚くべきことでもないのだろう。(こんなに小さな子供たちでも!)だが僕は、まだ使い慣れぬ本能を手掛かりに、そうか、人間にもできることなんだとやっと気付いたところだ。それなのに人間は、何らかの理由、もしくは何らかのデザイン欠陥、もしくはその他の究明されていない原因により、どこかで道を間違え、テレパシー能力をちゃんと発達させることが出来ぬままでいる。唯一その力が働くのは共感、感動移入という範囲でだが、それですら我々の日常においてはあまり意味がない。

その瞬間、群れの全員が(一匹として遅れをとらず)一つとなり、パドミーユ(千匹のステップ)[注2] を描きながら、天井の穴を目指し、吸い込まれるように去って行く。入り口付近でウロウロしていたターポン達も、この時間に必ず現れるバラクーダに恐れをなして退散しただろうし、バラクーダはもっと大きなエサを狙うから、この時点で外に出ても稚魚たちにはまったく安全なんだと分かった上での行動だったのだろう。

さて、以下はコンスタンティノス・E・スカロース著による

法律を学ぼう (Learning about the law)

(Aspen Law and Business 社の Paralegal シリーズ ©1997)

という真面目な教科書から、面白い部分を引用させていただくが、著者および出版社から苦情が来ないことを祈る...

反対意見とは、判決の全ての点について、もしくは一部について、異議を主張する意見のことである。もちろん意見の相違は日常生活のあらゆる場面で起こることであり、それは法的な意味を持つものもあり、法律とは関係ない場合もある。この概念を分かっていただくために、凡例をあげよう。

凡例

国際音楽協会(IMA)という団体が『歴史上もっとも偉大なロックバンド賞』という賞を与えようとしていると仮定しよう。数ヶ月にわたって有名ロック史学者、評論家、DJ、ミュージシャンの意見を収集した結果、最終選考に残ったバンドは3つ。ビートルズ、ディープ・パープル、そしてレッド・ツェッペリンである。IMAの執行委員会はその中からビートルズに賞を与えることに決めた。その結果、計9人の委員会のメンバーの内、5名が以下の声明を発表した。

広範な調査の結果、ビートルズは偉大なる成功を収め、歴史的にも重要な位置を獲得したバンドだというのは明らかなものの、才能、作曲、演奏能力およびステージでの存在感といった要素を全て含んだ次元では、ディープ・パープルがこの3つの中では最も偉大なバンドだというのが我々の意見である。従って我々はディープ・パープルこそこの賞を受けるべきであると信じ、ビートルズの受賞には反対する。

これに対し、残る委員会メンバーの内3人は、以下のように表明した。

この賞はビートルズに与えられるべきではないという多数意見には賛成する。ただし我々の賛成はその点だけに限られるもので、ディープ・パープルが受賞するべきだという点には反対である。ディープ・パープル、ビートルズの両者ともロック史上において伝説的と言えるバンドだという事実は認めるものの、ロック音楽に最も強い衝撃と影響を与えたのはレッド・ツェッペリンだというのが我々の意見である。レッド・ツェッペリンに影響を受けたその後の若いバンドの数は、他の2者には及ばないものであり、解散した後すでに長い時間が経つ今ですら、その影響は止まることはない。

残る1人の委員は、以下の通り表明した。

他の委員の方々が達した結論には反対する。ビートルズこそロックンロール史上において最も偉大なバンドであり、この賞を受けるには最もふさわしい存在だというのは明らかである。

ここでは裁判とは関係ない例をあげたが、ここでは意見が3つに分かれている。もしこれが裁判によって決められるのであれば、相違するこの3つの意見は以下の通り類別、解釈される。多数決優先(9人中5票)のルールに基づき、ビートルズは受賞しない。3人の委員による表明は同意意見もしくは補足意見と呼ばれるものだ。その結論は法廷意見と同じだが、そこに至る理由が異なる意見はこう呼ばれる。この3人はビートルズが受賞すべきではないという点では多数意見に賛成しているものの、ディープ・パープルが受賞するべきだという点には賛成しておらず、レッド・ツェッペリンが受賞するべきだと主張している。

唯一の反対者は全ての点において他の委員とは反対意見であり、ビートルズこそ受賞するべきだと主張している。

これが裁判であれば、おそらくビートルズは受賞せず、代わりにディープ・パープルが受賞するであろう。

だってさ!

Cheers for now,

Ian Gillan

Copyright © Ian Gillan 2007

訳者注:
[1] イギリス、特に労働者階級の間では、サンデー・ディナーと呼ばれる日曜の午後3時頃の昼食が週一番のご馳走。ローストビーフとヨークシャー・プディングなど、伝統的オーブン料理が出されるのが通常。
[2] バレエで男女が一緒に踊る『パドドゥ』=『2人のステップ』をもじったもの。

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