Dear Friends

DF 36 滑らかな小作農地、および時間を計る新しいメートル法

2004年12月

親愛なる友よ、

まず最初にこのページの更新がすごく遅れたことをお詫びする。僕の健康を心配してメールしてくれたみんな、どうもありがとう。ちゃんと元気でやっているよ。[訳者追記: 更新後、日本語訳の方も更に遅れて申し訳ありませんでした。]

ツアー中のコンピューターのトラブル、もしくはツアー自体、あらゆるプロジェクトのお陰で大忙しだということ、鉛筆削りの不調(文具フェチの皆さん、参考までに僕の持ってるのはパナソニックのKP-4Aです)、うまくまとまってくれない髪の毛、ズボンが大変な状態になってた...等々のせいにするのは簡単だが、真相は単純。勝手気ままなダラダラ生活を楽しんでいた次第だ。そんな怠惰を楽しんでる機会はもうずっと長いことなかったし、必要だったんだ。ご理解いただけるようお願いする。

僕がライブ活動を始めてから40周年になるのを記念して、テレビ番組(DVDでも発売される)を作ることになった。多くの友人や知り合いが参加してくれて、とても光栄だ。ジョー・サトリアーニ、ロニー・ジェイムス・ディオ、トニー・アイオミ、サー・ティム・ライス、クロード・ノブ(ファンキー・クロード)、ルチアーノ・パヴァロッティ、ジョー・エリオット、ジョン・ロード、現在のパープルのメンバー達、その他多くの人々が貴重な時間を割いてカメラの前に立ってくれた。プロデューサーのクレイグ、カメラマンのバリーとサウンドのブライアンから成る制作チームもありとあらゆる努力を注ぎ込んで撮影にとりかかってくれ、これまでに作られたロック・ドキュメンタリーの中でも最高の番組になるだろうとクレイグは自信を持っている。撮影は2月まで、それから編集に入り、夏までには完成の予定だ。

2月にはトロントに渡り、番組用にアルバムをレコーディングする。ニック・ブラゴーナ("Perfect Strangers" や "Accidentally on Purpose" などを手掛けたプロデューサー)と一緒に、ジャヴリンズ、エピソード・シックス、パープル、ギラン、サバス、ソロの曲など、過去の色んなナンバーを演るつもりで、スペシャルゲストも大勢予定されている。

また "Caramba" という題の本も出版予定で、これは当サイトに掲載された文章や写真に加え、未発表のマテリアルも加えた内容だ。政治的な内容の文章は収録せず、ナンセンスの部分を凝集した。編集作業中に、ヌード写真は例えどんなに無邪気なものでも一部の心のいやらしい役人が支配する国(どの国のことか、当事者は思い当たるだろう)では、僕が入国した時点で逮捕される、もしくはもっと酷い目に会う恐れがあるからと指摘され、選択から外さざるを得なかった。

削除された写真は本物の Caramba のどこかにアップできるかもしれないから、その内に管理人のスティーヴと話しあってみることにする。(でもこのことは誰にも密告しないように。)

トロントの後はサンクト・ペテルズブルグでロシアのオールスター・バンドと数曲共演することになっている。これが2月23日で、3月3日にはスイスでパープルの公演、その後は全員でロスに渡り、新アルバムの製作に入る。2005年の残りはおそらく行き当たりばったり、あれやらこれやらしたり間隔が空いたりの無秩序な年になるだろう。まあ変化はいいことだ。

昨日の朝、起きて大分経ってからなんだが、法廷弁護士タイプの女性が僕の膝の上に寝転がって、「O嬢の物語」の初版をパラパラとめくっているのに気付いた。ウェストまでの黒い裁判用のローブを羽織り、訴訟依頼書 [英語ではブリーフ=下着と同語] はTショップに直しに出されたまま、まだ戻ってこない。(ただし修理屋の店長が無駄なカミングアウトをしようと、それを前後逆に履いてみてウットリしているのを目撃されている。)

栽培の計画を練りながら、意外にも滑らかな、両手のひらに収まりそうな、そのふたつの畑を眺めることに。パセリは既に刈られた後だった。

ところが実は僕の知らない間に法律が変わり、公平な裁判なんてものはほぼ不可能になってしまったのだった。よって我々は何が起こっているのか分からぬままの状態で、その内々の行動はマジックミラーを通して観察されっぱなし。(傲慢でめくらの警察トップクラス達のお気に入りの仕掛けだ。)

そして最後までそのまんま...プチ・ヒットラー達のお陰で、もう車のエンジンをかけっぱなしで置いておくことすら許されない。

反対意見を述べる者が出てくる度に、イングランドの分極化は進むばかりで、今や個人それぞれに合わせて違う法律を適用するべきだ(ただし超地域社会的な意味が見い出される場合のみだが)という声まで出てきている。だからさっさとリストを作って提出した方がいい。自分で役所に持っていくことを強くお勧めする。

符号化・暗号化は、うっかり一部がそのまま通ってしまってはいけないというので禁止、よって婉曲語法が君臨することに。僕の訳の分からんお喋りもそのせいだ。一体何の話をしてるか、分かる? 分からないって? 良かった。説明させるには僕を殴りでもしないと無理だよ。

その昔、ニューヨークでの、某フランス人の啓発的だが既に手遅れという演説を覚えているかい? 国際制裁は効き目を見せており、みんなに嫌われたブリックスを含む査察官達は現地で何も発見できなかった。国連のあのお粗末な処置のずっと前に、戦争の準備は既に始まっていたのだ。軍隊は配置され、(フィリップ・プルマンの小説のように)先制攻撃の許可を受けていた。何をしたって、神は我々の側にいるんだぞ、と。今日振り返って見て、これ(下手に偽装した、史上最大の連合部隊の一片)は良いことだったと言われている。だってサダムは自国の人間を30万人も殺戮した悪の支配者だったじゃないか。フランク長官はやり手の軍人だけあって、この数字を四捨五入するのがお好きなようだ。この悲惨かつ信じ難い犠牲者の数は国際制裁以前の統計だ。

一方今年になってから少なくとも1万人の市民が我々民主主義者の手によって殺戮された。民主制度に則った選挙で選ばれた元首が、ちゃんと法に則った形で(だったよね?)国会議会で議論の上、可哀想なイラクを自国の悪から救い、我々の民主主義を押し付けようという民主的な決断が下されたのだ。

さて、ドゥ・ヴィルパン外相は正しかったんでしょうか、ミスター・ブラー? [注1]

これまでに発見された大量殺戮兵器=ゼロですが、そんなの我々には最初から分かっていたことです。ウラジミール・プーチンに、貴方の主張を裏付けると言われる『まったく価値のない報告書類』(プーチン氏の言葉)を一蹴にされた場面、覚えてますよ。

サダムはテロリストを匿っていたのでしょうか? 答えはノー。港で発見された怪しい男もいましたが、その正体は旅行者でした。結局サダムはテロリストとは何の関係もなかったんですよ。彼の政治的策略の才能を分析してみればすぐ分かることです。大量殺戮兵器のファンタジーより更に辻褄の合わない馬鹿げた話です。

イラクは国連の指示に従う事を拒否したのでしょうか? いや確かにこの点では反抗があったと認めざるを得ないです(サダムったら悪い子ね)が、それなら他にも国連に追従しない悪者はいるんじゃないですか? いやその話はここではちょっと...ですか?

訴追手続のためにサダム・フセインが初めて特別法廷に出廷した際、彼に対して読み上げられた罪状をですね、ミスター・ブラー、あれを思い出して頂ければサダムが最後に行った非道行為はいつの事だったかご記憶のことと思います。思い出せませんか? じゃあお教えしましょう。1991年です。1991年ですよ、ミスター・ブラー。貴方がイラクを、えーっと、「解放」する丸12年も前の事ですよ。貴方のような馬鹿な大馬鹿な奴は、その無謀な救世主気取りの人生の残りを刑務所で過ごすべきです。

ついでにですね、ミスター・ブラー、もう一つ質問があるんですが、時間はまだまだあるのでじっくり考えてお答えになって下さい。国連による委任の上で査察官達によって作成されたスーツケース2個分と言われる報告書はその後いったいどこへ消えたのか、詳しく聞かせてもらえますか? バグダッドより発送された時点から、その目的地に配達されるまでの間にいったい何が起こったのでしょうか。重要な問題です、ミスター・ブラー。いったいこれらの報告書類がどうなったのか、私達はどうしても知る必要があるんです。収拾のつかないこの大へまが終局を向かえたら(なるべく早くそうなるといいですよね)、絶対その答えをお聞かせ下さるよう、またしつこく要求させていただくことになると思います。とりあえず良いクリスマスと新年をお過ごし下さい。

敬具、

我々の宇宙(ユニバース)を含む万有の宇宙(僕はこれを「マルチバース」と呼んでいる)と、消えた暗黒物質との関係に関する僕の説を詳しく説明する予定だったが、もっと急を要する事項があるので、それはまた次の機会にしよう。

バカな官僚共が(我々の生活の便利のために)また新しい規則を作ってくれるだろうことを予測して、それに随順する現代版メートル法を考案してみた。

100秒=1分
100分=1時間
10時間=1日
10日=1週間
3.651週間=1ヶ月
10ヶ月=1年

1ヶ月の周期を変えたのは、旧英国貨幣制度みたいな不規則さ[注2]と、色々な数で割ることのできる12という数の美が邪魔だったからだ。それに月のお陰で年はバカげて見えるし、週なんてまったく目立たない。このシステムでは週が新たなる10進法的意味を持ち、同時にその変則性は我々の馬鹿馬鹿しい過去を思い起こさせてくれる。それにルナティック(気狂い[注3])なんてもう過去のものだしね。良いことじゃないか。

それはともかく、この地球に週ができたのって、一体いつだったんだろう?

Cheers,
Ian Gillan

Copyright © Ian Gillan 2004

訳者注:
[1] ブラー=「馬鹿馬鹿しいたわごと」の意。もちろんブレア首相のこと
[2] 旧貨幣制度では、1ポンド=20シリング、1シリング=12ペニー(ペンス)だった。1971年に現在の1ポンド=100ペンス制度に改定。
[3] ルナティック=月が心を狂わすと信じられたところに由来する言葉

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