Dear Friends

DF 25 タブーと全く関係ないという訳じゃなく

2002年6月20日

親愛なる友よ

編集者から「もうしばらくになるけど」と催促され、それで思い出したけど「今日はどこだっけ?」

9月のイギリスツアーにはジョン・ロードも参加すると、信頼できる筋(ジョン自身)から聞いている。当時の事情と現在の状況を考えた上で、何曲か(まだ決まっていない)でジョンが参加できれば素晴らしいということになり、幸い彼もその気になってくれた。僕の病気のせいでイギリスの日程が延期され、パープルでのジョンの最後の舞台になるはずだったツアーに水が差されてしまったのは残念だった。

アメリカではスイミングトランクスに眉をひそめる人が多いという話を聞いた。最初に気付いたのは数年前、ココア・ビーチで騒ぎがあった際。[注1] 以来スポーツ用水着を着用していると、厳しく中身をチェックされるようになった。

海水浴場でヌードになること(どんなに無人の海岸でも)が禁止されたのも同じ頃だったと思う。これで僕にも、所有していたスイミングトランクスを全部捨てるという仕事ができた。今から考えると惜しいことをしたと思う。泳ぐには一番適したものだし、身体をピッチリと包んでくれて、水の中で自由に動き回るには、裸の次に最高なものだ。いや、身体に付いてるものを流線形にしてくれるから、裸よりいいだろう。

流行遅れと見られることを常に嫌う僕は、もぐら色のだぼっとした水着を2着ほど買ってみたが、泳いでいても水に引っ張られてちっとも前に進まない。この素晴らしい発見により、僕の人生が変わったと言ってもよい。毎日のノルマの5マイルをお風呂の中で到達できるようになったからだ。この不格好な衣装はデザインにうるさい僕の趣味にとても合わないというのが唯一残念な点で、濡れた状態だと僕の太ももを真空パックで包んでいるような外観だし、乾いた状態では風でめくれないように気を遣わないといけない。そこで2着とも前部にアクリル絵の具でデッカイ男性性器の絵を描いてみた。

ヒルトン、マリオット、ウェスティンその他のチェーンに問い合わせてみたが、今のところプールその他の娯楽施設でヌードを許可しているホテルは見つかっていない。いくらアメリカでヌードがタブーだから(なんとサウナやストリップバーでも!)と言って、ロビーで見かけるレジャーウェアの大半よりは、裸体の方がずっと見た目にマシだろうし、残念なことだ。

17年かそれ以上前、サン・アントニオのプール脇の芝生で、僕と妻は娘が始めてよちよち歩きをするのを眺めていた。それは2人にとって、笑いと喜びに満ちた瞬間だった。そこへホテルの支配人が大声で叫びながら出てきて、赤ん坊に服を着せろと言われたのはショックだった。あらゆる嫌みやあてこすりを込めたその支配人の要求に、僕も妻も深く傷付いたものだ。こんなに無邪気な場面に邪悪を見い出すなんて、いったいどんないやらしい心の持ち主なんだと信じられなかった。

もちろん間違っていたのは僕達の方だ。地元の人々の神経を逆なでるような行為をするべきではなかったのだ。

ダゲスタンのマハチカラに到着した時もそうだった。僕のバンドのメンバーと一緒におんぼろツアーバスに揺られ、チェチェンからカフカス山脈を越えるという長旅を終え、ホテルでの記者会見の前に、とにかくみんなシャワーを浴びたかった。パパラッチに取り囲まれ、押し合いへし合いになった中には、さらに険悪な連中も混じっていた。男が2人、人差し指で自分の首のあたりをかいて見せたのは、ここにナイフさえあればお前達にこうしてやるぞという明らかなサインだった。僕達のほとんどが暑い中での長旅に備えてTシャツに短パンという姿だったのだが、腕や足を見せてはいけないイスラム教国の人々にとってこれは許せないスタイルだったのだ。

今回も間違っていたのは僕達の方、予めそういうことは知っておくべきだったんだ。公正のために付け加えておくが、どの国のゴルフクラブでも、ハンディキャップがいくつかに関わらず、ちゃんと襟の付いたシャツを着用していない限り僕達を入れてくれないだろう(ああ良かった)。

ヴィクトリア時代の人々はセクシーと解釈できる物(例えば小さいテーブルの脚)は何でも布で覆ったし、スパルタの住民は必ず睾丸を隠してから戦に臨んだものだ。19世紀の愚かな習慣や考えについては小さい時から色々聞いて知っているから前者は分かるとしても、スパルタ人がもっと重要な事項に集中できなかったのには驚く。が、よく考えてみると、何度も起る戦争と、その為に自分を犠牲にしなくてはならないという現状の下で、こんな年がいのないゲームはいい気晴らしになったのだろう。

常に気前のいいミスター・ロニー・ジェイムス・ディオがアトランタでハワイアン風の宴会を主催してくれた。それぞれ準備している時間があまりなかったので、僕はパイナップルを一箱とヒモを一玉買って来るよう誰かに頼み、ちょっと工夫した結果なかなか(テーマ的にのみだが)上手くまとまった衣装が完成。仕上げはロシアで購入したピンクのシフォンのチュチュで腰蓑の代用。招待客ひとりひとりにレイが手渡され、パーティーでのキャッチフレーズは "it's the first time I've been leid on this tour."[注2]

噂ではスコーピオンズが「ジャーマン・ナイト」を計画しているとか。次回もまたその場の思い付きで面白い衣装を作ろうと思っている。

僕が必ずしも効果的でないと言い切れない二重否定形を使うことを特に厭わない奴だということは、皆さんもおそらく知らない訳ではないでしょう。そこで、そろそろ寝床に入って自分の正気について沈思黙考の後、朝にはまた壮観さに欠くところのないこの国を突進し続けるために、ここでお別れを述べなくてはならないのは僕にとっても残念なことですが、どうぞお許し下さい。

Cheers,
Ian Gillan
Copyright (c) Ian Gillan 2002

訳者注:
[1] オーランドでレコーディング中に、スイミングトランクスは性器の形がクッキリ見えるから猥褻だという理由で、ココアビーチでの着用が禁止されたというニュースを地元メディアで知ったそう。
[2] 「このツアーでレイを着けたのは今日が初めて」= lei(レイ)と get laid(セックスする)をかけた言葉遊び。

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