DF 23 マラソン・マン
2002年1月
70年代のいつ頃だったか、イングランド西部にやってきて、マイクという名前の奴と知り合った。親しい仲になるのに時間はかからず、それじゃ一緒に飲みに行こうかということになった。ごく普通のパブで1〜2杯ビールを飲んだ後、用を足しに席を立つ。トイレは建物の外にあり、片側が婦人用、反対側が紳士用だった。さてまた中庭に出てきてみると、向かいの壁にチョークで印が付けられているのに気付く。
違う高さにいくつかの線が引かれ、その横にはイニシャルと日付けが入っている。好奇心をそそられて、マイクに「あれは一体何だい?」と聞いてみる。
「ああ、あれね。多分立ちション競争の跡だよ。」
マイクの説明によると、少なくとも身体の一部が婦人用および紳士用トイレのちょうど間にあたる場所に置かれた簡易テーブルにタッチした状態で立ち、反対側にある壁に向かってなるべく高くションベンをするのだそうだ。
それを聞き、僕の身体には自信がみなぎってきた。何しろ堕落した未成年時代、同じく未熟な仲間達と一緒にいつもハウンスロウのトラベラーズ・フレンドというパブの外で、飲んじゃいけないはずのブラウンエールの瓶を大事そうに持ちながら、たむろしていた僕だ。
その当時のハイライトと言えば、パブの屋外便所の周りを囲う壁の裏の小道に立ち、壁の向こうでジッパーを上げつつ外に出てくる大人を狙って、ビールに似た希釈度の液体で絶妙な放物線を描く(そしてこちらも急いでジップを閉め、クスクス笑いながら走って逃げる)ことだった。
僕はその道のプロだったんだ。
壁に付けられたマークは、高くて1メートルちょっとじゃないか。簡易テーブルは壁から2メートル弱の位置にあることから(ピタゴラスを僕流に応用した量子学的理論を使って)ささっと計算したところ、俺はこれまでの記録の倍の高さを達成できるぞ。2メートル15センチ、楽勝だ。
僕はその道のプロだから。
さてこの知らせはすぐにパブ中に広まり、準備のため2〜3パイント飲んだ僕は気分悠々で挑戦に臨む。
こうしてパブ中の客が、この使命を帯びた歌手の周りに集まることになる。
ボタンを外し、気合いを入れているところへ...突然
「ちょっとそこのあんた、何やってんの?」と歯なしの婆さんのがなり声。
顔を赤らめた僕は「マダム、記録更新に挑戦するところです」と答える。
「マイク、ルールはちゃんと説明したのかい?」と、しつこく尋ねる婆さん。
この時点で僕は既にこの挑戦にかける情熱で燃え上がっており、クソババア、お前なんかが口を出さなくてもちゃんとルールは分かってるぜ、身体の一部がテーブルにタッチした状態でやれってことだろう?と、婆さんに聞こえないように小さな声で呟く。
「マイク、もう一つのルールもちゃんと説明しなきゃダメじゃないか」
「えっ?! もう一つのルールって...??」と愕然とする僕。
「手を使うな。手を使っちゃダメなんだよ。ちなみにそこの最高記録、ありゃ私が作ったものだからね。男だからって手を使っちゃいけないんだよ。フェアじゃないだろ?」
その場にいた全員がパニック状態に陥り、野次馬がパブの中に戻っていく中で、僕の頭には「そ、そんな...」という思いがグルグル回る。
何でもかんでも禁止されている時勢だ。学校における教育、病院では医療、鉄道の操縦士の養成コース、北海では魚が、有機農業は国内どこでも、犯罪の犠牲者に対する公明な報い...
検察官
IG
「はい。」
検察官
「まずこの、尋常とは呼べない状況に至った経過を説明して下さい。」
IG
「急に誰かが侵入してきてビックリしたんです。僕がクロスワードパズルをやっているところへ、
突然窓ガラスが割れたかと思ったら、拳銃を手にした男が数人飛び込んできて、『言うことを
聞かないと撃ち殺すぞ!』と叫ぶんです。うちの猫もビックリしてテーブルの下に逃げ隠れ、
僕はウィスキーをこぼしてしまいました。そうしている内に玄関のドアがバーン!と開けられて、さらに大勢の連中が殴り込んで来たんです。」
検察官
「その時ですね、えーっとこの質問に答える前にもう一度よく考えて当時の状況を思い出していただきたいんですが、ミスター・ギラン、その時あなたは恐怖を感じましたか。」
IG
「いや、恐怖という程では...予告なしにやって来る人はよくいるんですが、でもこの時はいつもと違うような感じがしました。恐怖というと強すぎるような気がしますが、ちょっと不安になったというか、いや、その人達の中に知ってる顔が見えなかったので。」
検察官
「ミスター・ギラン、あなたがこれほど圧倒的な、実に不要かつ不適応な暴力行為に出た、その理由を説明して下さいますか。その結果としてあなたは17人もの罪の無い人間を殺害してしまったのですが。」
IG
「それって誘導尋問っていうんじゃないんですか? その時起こったことを説明しますけれど。
最初に窓から何人か入って来た時、僕はどうしていいか全く分からなかったんです。でもその内の一人がナイフを手に、僕の方に超スピードで
突進して来て、そいつの目を見た瞬間、無意識に僕の身体が動いていたんです。」
検察官
「ということは、中断して申し訳ないんですが、ミスター・ギラン、それではあなたはその男の目を見ただけで、その人間が自分に何をしようとしているか分かったとおっしゃるのですか?」
IG
「いえ、それよりも彼が手に持っていたナイフの方だったと思います。」
検察官
「この出来事のどの時点かで、もしかしてこれは全て無害なジョークかもしれないと、この男の子達はみんなふざけて遊んでいるだけなんだという可能性は思い浮かばなかったのですか。」
IG
「ほんの短い間、それも考えました。でもその次の瞬間、そいつはナイフで斬りかかってきたんです。」
検察官 (裁判長に向かって)
「裁判長殿、この、あー、罪のない人間を虐殺した被告がですね、実際には切り傷、擦り傷、打撲傷その他身体的な傷は一切受けていないという証拠写真を、これから見ていただきたいと思います。」
裁判長(陪審員達に向かって)
「今の検察官の言葉の、被告に関する部分は無視するように。」
検察官
「申し訳ございません、裁判長殿。(陪審員のいる方を向き、しばらくして被告に話しかける)。その男はナイフで斬りかかってきたと言いましたね。あなたの身体にはその証拠となる傷が全く見られなかったのですが。」
IG
「僕のコートを貫くだけで済んだんですが、それでも本気で僕を殺そうとしているのだということは分かりました。お互いナイフを取ろうと揉み合っている内に、もう一人の男が間に入って来て、そいつがガンを撃ち始めたかと思ったら誰かの叫び声が聞こえて、僕とその最初の男は床に転がりこんで、気が付いた時にはそいつ、もう全然動かないんですよ。
で、僕はその、胸にナイフが突き刺さった奴の上に乗っかっていて、周りにはもう一人の奴がめちゃくちゃに撃ったからでしょうけど、3人ぐらいの死体が転がっていて。撃った本人は喘息の発作が起こったみたいで、床でバタバタ暴れながら、吸入器の方を指差してるんです。
すぐに喘息だと気付けば良かったんですが、その時は気が動転していて、関節炎とてんかんが持病の奴だと思い込んじゃったんですね。それでキッチンに行ってスプーンか何か、とにかく彼の口に突っ込んで窒息を防ぐための物を取ってこなくちゃとしか考えなかった訳です。」
検察官
「その男性の身体の具合が気になったのですか。」
IG
「勿論です、どこか悪いのは明らかでしたし。」
検察官
「それで、それからどうなったのですか。」
IG
「急に照明が消えて...ちょうどその前に玄関から何人もが侵入してきたところだったというのもあって、取りあえずその現場は離れて玄関の方に出ていってみました。」
検察官
「どちらに何人ぐらいいたか、その時点で分かっていましたか。」
IG
「窓から入って来たのが10人で、玄関から入って来たのが7人でしょう?」
検察官
「何故その点について確証できるのですか?」
IG
「窓から10人入って来たのは見て数えていたから...死体は17個あったんでしょう? 計算すればいいだけのことじゃないですか。」
検察官
「ミスター・ギラン、山積みになった死体の内、下の方の7人、つまりは玄関から入ってきた7人は、全員頭蓋骨を打ち砕かれており、その損傷はあなたがいつも玄関に置いてある野球バットと似た物体によって生じられたものだという法医学的証拠があるのですが。」
IG
「それはまあ辻褄が合いますね。」
検察官
「いつも玄関のドアの側に野球バットを置いていることは認めるんですね?」
IG
「いえ、野球バットはいつもグローブとボールの側に置いてるんです。全部まとめて。記念品としてもらったセットなもんで。」
検察官
「で、この時あなたはボールでもなくグローブでもなく、バットを手にしたんですね?」
IG
「本能的な反応だったんだと思います。バットを振り回して、襲い掛かってくる連中から身を守ろうと。何が適当な武器か、ほんの一瞬考えましたが、ボールやグローブの案はすぐに捨てました。」
検察官
「その最初の襲撃の後、生き残った五人ですが。」
IG
「どうやら彼等は逃走しようと、倒れている仲間を引きずって廊下に出てきたようです。外に彼等の車が2台停まっていて、今でもまだ駐車したままなんですが、ボルボ240GLステーション・ワゴンと、ロンドンのタクシーです。どちらも小回りの効く車だってのは知ってますが、あんな狭いところによく2台も駐車できたなと今でも不思議です。それはともかく、その車で逃げようと、とりあえず仲間を玄関まで引きずってきたんだと思います。そしてそこで悲劇が起こったんです。」
検察官
「ミスター・ギラン、この時点では既に12もの死体が山積みになってる状態です。全員罪もなく殺された人達ばかりです。ここで更にまた新たな悲劇が偶然起こったのだと、あなたとは関係のない悲劇が起こったのだと、信じろと言うんですね?」
IG
「はい...いえ、僕も関わってはいたことになりますよね。こんな結果になるとは、こんな酷い事をするつもりじゃなかったのにと思って、それでちょっと休戦宣告をしたんです。」
検察官
「休戦宣告ですか?」
IG
「はい、『君たちの仲間をちょっと酷い目に合わせちゃってごめん。悪意はなかったんだよ。すぐに飲み物を用意するから、ちょっと座って待ってて、ほら、そこで山になってる連中の上にでも。』って。」
検察官
「飲み物?」
IG
「以前マイケル・ジャクソンにも作ってあげた特製カクテルなんです。ベースはアドヴォカートで、そこへウォッカとウィスキーとドランブイ[注1] とストレーガ[注2] を適当に入れて、レモネードかクリームソーダのどっちかを加え(どっちを使ったか忘れてしまったんですが)、更にチェリーブランディをほんの一滴と、ポートワインとテキーラとメスカール[注3] とアブサンを入れた、とても飲みやすいフロートなんです。」
裁判長
「有罪の判決を与える。5年の実刑。すぐに連れていけ。」
さて何の話だっけ? そうそう、凶暴な犯罪人に対する公明な報いとか、そういう話題だった。イギリスで禁止された諸々の項目、これは勿論その後EUによって覆された。既にEU全体で禁止されていることを、各国が独自にさらに禁止する法律を作ることは禁止されているから...ってことらしい。あ〜あ。
コメディ・セックス(略称CS)。もう数年も前に考え付いたコンセプトだ。いくつかの例を揚げてみよう。[注4]
- 筒くぐりゲーム (OSにも属す・下記参照)
- 別々の部屋で
- ペニス・ヘリコプター(離陸後はOSのカテゴリーに属する)
- アフターバーナー[注5] (自宅でやらないように)
- 『今日はダメなの』という理由あれこれ
- ジェスチャーゲーム
- 食べ物でエッチ
- 吐き出さないで... (OS)
- 96
- 男装・女装・仮装(ありきたりなものは除く)
副カテゴリー: オリンピック・セックス (略称OS)
- 立ちション高さ競争(上記参照、まだIOCには認証されてないようだ)
- 続けて何度もオルガズム (上級レベルではCS に属する)
- 棒高飛び
- うっぷんばらし五種競技
- チンポアスロン
- リレー競走(バトンを次の人に...)
- 幅跳び・高飛び・三段飛び
- 障害飛越・障害飛越(場所があれば、CSにも属する)
- マラソン
- 50キロ徒競走
- クロール・平泳ぎ・背泳ぎ (no, not swimming, wimmin!; No Laughing in Heaven) [注6]
- ダイビング
- たいまつに点灯(CS)
- スヌーカー (近々 IOC も認証するとか)
- ダーツ (これはムリだな)
- レスリング(正統なものおよびギミック系の両方)
- なめくじレスリング(サッカー選手の間ではディープキスと呼ばれる)
- 障害物競馬
- ハンマー投げ (余り評価されていない競技だが、オリンピックに値する素晴らしいものだ。スコットランドのハイランド・オリンピックでは、これに似た棒投げが競技種目に含まれている。)
- ハードル競走
- メダル授賞式 (CS)
- 次回開催地決定(哲学的セックス)
- おはじき(という話だ)
- 体操(不平均棒に参加する男性選手はCSにも属する)
- 大いなる宇宙での性交(うーん、どうだろ)
- スポンサー・クレジット(ケロッグかな?)
どちらのカテゴリーも現在まだ募集中。最高優秀作を送ってくれた人にはディープ・パープル公演(世界中どこでも)のVIPパスとチケットを2枚ずつ贈呈します。
スポーツの話題になったついでに。その昔イギリスには「おいちょっと、そりゃもうクリケットじゃないよ」という言い回しがあり、「フェアじゃない」という意味で使われていた。
つまりクリケットとは高潔なスポーツマン精神の象徴だったのだ。もし打者がスリップに打った自分の球が切れていたなと分かり、そこで審判になったら、その時点で打者の方から棄権を申し出て、アンパイアは難しい判断を下す必要もなかった。
ところが今日では、たとえ手首がジンジン痛んでいても、そこを動かずに俺は間違ってないぞとアンパイアを睨みつけるのが普通だ。
そう、壁は砕けつつある。悲しいことだ。それこそクリケット(フェア)じゃないよ。
今や「そりゃクリケットじゃない」と言う代わりに「そりゃラグビーじゃない」と言った方がいいのかもしれない。
ブルーフィルムを製作しようと思っているところだ。いや、ブルーというよりウルトラ・バイオレットかな。紫外線を使ったライティング効果を盛り込んだものにしたいから。僕の曲 "Am I getting through" のビデオになる予定だが、この曲は....まあ曲についての背景は当サイトの Wordography セクションに載っているのでそちらを参照のこと。
どんな成果になるのかは、まだ編集ソフトの取扱説明書を読んでいる最中なので分からないが、近々テストも兼ねて
大ざっぱな素材を撮影する準備は出来ている。今後の進展はまた追ってお知らせしたいと思う。
またツアーでみんなに会えるのを楽しみにしているよ。
Peace & love,

Copyright (c) Ian Gillan 2002
訳者注:
[1] スコットランドの甘いウィスキー・リキュール
[2] イタリアの甘いオレンジ味リキュール
[3] メキシコの強い蒸留酒で、メスカリンの原料となるサボテンから造られたものなので、大量に飲むと同じように幻覚作用がある。
[4] このリストの各項目に関しては、イアン本人と相談の上で、英語のオリジナルと同じくあえて詳しい注釈を付けず、読者の皆様の想像におまかせすることに決めました。どうぞお楽しみ下さい(笑)。
[5] Wordography No. 14 を参照
[6] 言わずと知れた、あの曲の歌詞のもじり。wimmin = women のこと。